中世へのいざない

鍵盤という発想はどこかの天才が発明したのだろうか、という疑問を持っていた。チェンバロを自力で自作しようと思い立ち、鍵盤の設計図を引いていた時だったかと思う。

チェンバロの鍵盤
音楽教育を受けたこともないので、なぜ鍵盤はこの配列なのだろうと、書き上げた図面を前に考え込んでいた。

鍵盤の配列は、結局自然の摂理に基づく、いわば神の領域とそれを賛美する人間の両手の役割が調和したもの、そのように中世の人たちは理解し信仰したのではないだろうか。

ルネサンス期にポリフォニー(多声)音楽が高度に発達し、人の声に変わって手の指が多声部を自在に操ることが出来る、鍵盤という合理的でかつ魔法のような配列。正に「音楽は神の賜物」であったのかも知れない。

クラヴィシンバルム

Geigen-Clavicymbel_und_Kunstwagen_s中世といってもすでにルネサンスの萌芽が見える、1397年という年代に、ヘルマン・ポルというオーストリア人がクラヴィシンバルムという楽器を発明したという記述が、パドヴァの書物にあるのだという。これは世界最古のチェンバロに関する記述として注目される。

その後1440年、ヅヴォレのアンリ・アルノーという人物が著した手稿に、このクラヴィシンバルムが図面として登場し、楽器そのものは現存しないまでも、幾何学性の強い理性的な作図が、この楽器の実存性を強く臭わせる。

clavisimbalum

この図面で興味深いのは、本体の平面図とは別に上部に4点の発音部品?と思われるフリーハンドのイラスト風なメモ書きがあり、左側3点は多分撥弦のためのアイディア、右1点が単純な打弦のためのアクションに見える。

チェンバロに使用される優れた撥弦部品であるジャックは、まだこの年代には現れていないようである。また、すでに打弦のアイディアが示されているのは、驚嘆すべき事実。クリストフォリ・ピアノ=打弦鍵盤楽器の発明より、さらに2世紀半余り以前に、単純な機構とはいえその痕跡があるのだ。ピアノの発明?の原点は600年近く遡ることになる。

久保田工房製 クラヴィシンバルム

3点の撥弦アイディアのうち一番左端の、傘の柄のような形状のアクションと、単純な打弦アクションは何とか形になりそうだ、試作してみることにしよう。

久保田工房製 クラヴィシンバルム 機構