さらにマニアックな知識

私がチェンバロの製作を模索していた70年代、チェンバロはイタリア人の発明であるというのが定説であった。多分今でもそのように書かれている文献も多いだろうし、そう信じている方も大勢いるはずだ。

先に書いたように、最初に「完成された様式」として、各地で一定期間「大量に製造された」国はイタリアであることは事実、だがそのことが発明とは言い切れない。

時代的にイタリア・ルネサンス以前、中世に近い時代の超初期チェンバロの痕跡は、断片的であるが存在する。そしてその多くはイタリアの属する地中海地域とは遠く離れた、アルプス以北の北方文明圏に属している。

現存する最古のチェンバロは、1480年頃「南ドイツ地方」で製作された?と見られる3オクターヴ程のクラヴィチテリウム。平置き型ではなく縦型チェンバロで鍵盤、アクションは一部を除き失われている。現在ロンドン王立音楽アカデミーのコレクション所蔵。

clavisimbalumさらに古い図像資料は、「フランス・ブルゴーニュ公国」に仕えたフランドル人「アンリ・アルノー・ドゥ・ヅヴォレ」が1440年頃に著し、公国に献呈したと伝えられる論稿:通称アルノー手稿内にクラヴィシンバルムの明解な図面がある。

Geigen-Clavicymbel_und_Kunstwagen_sこのクラヴィシンバルムという楽器を発明したと自称する人物「オーストリア人のヘルマン・ポル」の主張を記録した古文献が、1397年パドヴァの法律家による書物に残されているといわれる。

Geigen-Clavicymbel und Kunstwagen” by Unknownhttp://www.portraitindex.de/dokumente/html/obj33708680. Licensed under Public Domain via Commons.


→中世へのいざない

北西ドイツの都市ミンデンの教会の祭壇彫刻の一部に刻まれた、「チェンバロを弾く天使」と「クラヴィコードを弾く天使」の年代は1425年頃。最古の図像資料として研究者の注目をひく。奏楽の人物の大きさ(天使の設定なので、現実的人間のサイズではないかもしれないが)から割り出すと、多分3オクターブ程度の楽器のように思われる。これはアルノー手稿の音域とも一致する。最初期の鍵盤楽器は3オクターブ程度の音域から発生したのだろうか。

ほかに共通点として、複数のロゼッタ=響孔を持つ。これはアラビア渡来のプサルテリウムに由来する特徴と一致する。これらはすべて、イタリア起源とは関連づけられない。

現状ではこれ以上古いチェンバロの痕跡は発見されていない。新しい発見があり次第この項に追加する。

→素材の解説