素材の解説

チェンバロはどのような材料で作られているか?というのは、良くいただく質問のひとつ。

この機会に、製作者の立場から簡単に説明しておきます。

木材まず鍵盤楽器というものは、アクションというカラクリ部分があるため、他の楽器たとえばフルートやギターといった楽器に比べて、素材は多岐にわたります。チェンバロの場合おおよそ10種類ほどの樹種を、適材適所に使い分けて構成されています。

次に木材というものは、大まかに針葉樹と広葉樹に分けられます。日本ではヒノキ、松、杉といった樹種がお馴染みですが、これらはすべて針葉樹。秋に紅葉を楽しむカエデ(モミジ)春にお花見を楽しむサクラなどは広葉樹です。すべて楽器に使うことができます。

つまり針葉樹と広葉樹の適宜な組み合わせによって、楽器が構成されている訳です。

イトスギ
今の工房に引っ越した記念に植えたイトスギです。10年で随分高く成長しましたが、幹の太さは10センチ位、イタリアンに使えるまでにはまだずっと先です。
一番目立つ本体ボディからいきましょうか。初期のイタリアンはボディ、響板ともにイトスギ材が使用されていました。杉と言っても日本の吉野杉等とは似ても似つかない密な肌合いの硬い木質です。楽器のボディに使えるような大きなイトスギは、近年イタリアでもほとんど流通がないと聞きました。貴重な素材になってしまいました。

フレミッシュ・ルッカースのボディは例外なくポプラ材です。ポプラはヨーロッパではごく当たり前の木材、広葉樹ですが硬くない木質で加工も容易です。しかし日本でこの材料を入手するのは至難。(同名で流通しているのは別種)建材として需要もない、貴重な素材としてのブランドもないので、わざわざ輸入するメリットもないのでしょう。木目も特に美しいという訳でもないので、ルッカースはボディを木地仕上げにしなかった、つまり外装をマーブル塗装(大理石塗り)にした理由は、ポプラ材の特徴無い木地を隠す理由があったという説は、あり得ます。

もちろん、音響には充分な理由があるはずです。質の良いポプラ材を持って、軽く指で打ってみると心地よい振動が伝わってきます。自分の感性を信じるなら、この素材で楽器を作る理由は納得できます。

次に弦楽器として最も重要部材の響板、弦の振動を空気を介して耳に伝える振動版=スピーカーのような役割の素材です。ギターやヴァイオリンでは表板、琴、琵琶でもオモテと呼ばれるいずれも音響の要である素材ですが、これがまた厄介至極なシロモノです。

まず大原則は針葉樹。その中でもエゾ松系?いや、モミの木系かも?

スプルースという名で括られ、流通する素材にはご用心。北米産、カナダ産、北欧産では全く木質は別物、魚に例えるとマグロとカツオとサバ位の差があります。

もちろんすべて美味しい。だから素材を大切に料理(製作)すれば、よい楽器になるわけです。が、そのスキルを得るためには永い経験が必要というわけで、職人は日夜経験努力。

オウシュウトウヒ(欧州唐桧)という樹種は、弦楽器全般の響板として抜群の信頼性を得られている、現在では貴重な素材となりました。

現代ピアノのような工業生産ラインによって製造された楽器でも、素材の性格は個体差となって製品に反映されるようです。最高級ブランドピアノS社の製品でも70年代以前の響板はルーマニア産スプルースで、極めて評価は高いといわれます。(黒い噂ではS社は現行モデルと比較されるのを恐れて、発見次第焼却処分しているとか?いわゆる都市伝説!)

ボディの構成部材は、他にも重要なブリッジ(駒)や底板などは音響に影響大な素材、製作者の理念や経済性なども交えて決定使用されます。久保田工房は駒には一貫して北欧産ブナ材、底板は国産杉の間伐材を使用しています。

鍵盤付近のアクション関係部材も、さらに地域、時代、文化経済背景などが反映されます。

なぜ鍵盤の色がピアノと白黒が逆転しているか?なども素材が要因なのです。

黒い鍵盤の素材は黒檀=エボニーというヨーロッパでは自生しない木材で、黒く染めているわけではなく元々黒い樹種です。黒にも色々な段階があり、本当に墨のような黒いエボニーは超貴重なアフリカ産、黒と茶色の縞模様状のものは確かブラジル方面だったか、東南アジアでも産出する、木材の中で唯一水に沈む重い木です。ヴァイオリンのネックやリコーダーなど管楽器の材料としても重要です。

黒い鍵盤が見られるようになるのは、17世紀のフランス様式からでフランス宮廷の趣味だったようですね。王侯貴族たちはとにかく珍しいモノを見せびらかして自慢したい人種ですから、アフリカから黒い木がもたらされたときは驚愕したでしょう。これは我が宮廷の調度品に使わない手はないぞ、という訳でこの木は特別に宮廷家具師=エベニストしか使用出来ない法律を作ってしまった程です。日本でも紫檀黒檀は唐木と呼んで珍重されました。関東では仏壇に使用されます。

黒鍵盤のシャープキィはよく象牙張りに間違われますが、牛の骨材です。象牙材が鍵盤に使用されるのはイギリスがピアノ製造大国になってからで、チェンバロの時代にはまだ一般的ではなかったようです。もちろん貴重な使用例もありますが。

黒い鍵盤にまつわる話として、貴婦人の白い手指を引き立たせる説は、後世の作り話ですがよくできた話です。確かにそういう効果はあったかもしれません。

アクション関係で重要部品はジャックです。割り箸位の木の棒の上端に切り込みを設けて、タング(舌)という小さな回転部品が取り付けられ、タングには弦をはじくための小さなツメ(プレクトラム)が刺さっています。

ジャックの素材は、洋ナシ材がベストと言われ、確かに加工性が高く表面の滑性が良いので、常時上下運動をする部品には最適です。またタングには割れにくいヒイラギ材が最適です。このような特殊な素材の選択眼には、昔の職人たちの確かな経験に基づく知恵が生きていると、つくづく感心するところです。

素材の話は、尽きることがありませんが、ひとまずここで終わりましょう。

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